女王様の命令と、私の生活リズム。20代のSM掲示板で学んだ「自己管理」の境界線

ネットの海で見つけた、紳士淑女の社交場

以前の記事にも書きましたが、私は「お姉さん」という存在が好きです。特に童貞時代は(お姉さんにリードされたい)という強い願望も相まって、今以上にその存在に魅力を感じていました。

若い頃は色々と未知の領域に挑戦したくなるもの。ここから書くのも、そんな20代前半の記憶です。私がお姉さんという名の女王様の命令に従い、自分自身を開発しようと試みた、約1ヶ月の出来事です。

性欲に支配されていた20代前半、彼女ができるあてもなく悶々とした日常を送っていた私は、ある日「聖なる出会い」を求めて、ネットのアダルトな掲示板を覗くのが日課になっていました。

しかし、普通の出会い掲示板はカオスそのもの。女性が募集をかければ入れ食い状態、男性の募集には閑古鳥が鳴き、冷やかしや荒らしが横行していました。(ネットでもリアルでも同じか)と気づいた私は、新たな趣向で挑むことにしました。

目を付けたのが「SM」カテゴリの掲示板です。(SMって痛いことするのかな)くらいの知識でしたが、Sのお姉さんが色々教えてくれるかもしれないと予感し、潜入してみることにしました。

そこは「調教」「緊縛」「開発」のような独特のフレーズで溢れていましたが、驚いたのはその上品さです。皆さん非常に真剣に相手を探しており、相手が決まったスレッドには「募集は終了します」と丁寧な書き込みがあるなど、どこか紳士淑女の社交場のような安心感がありました。

「蟻の門渡り」への指令と、深夜の買い物リスト

そんな安心感から、私は気になる一人の「Sのお姉様」のスレッドにコメントをしてみました。条件は3つ。 ・リアルでは絶対に会いません ・関係は1人の方とのみを希望します ・私の指示に従うこと

「経験ないですが、よろしくお願いします」と書き込むと、翌日「お願いします。よければ個別のやりとりできますか?」と返信があり、若気の至りであっさりメールアドレスを交換しました。

最初のメールで私の趣味や年齢を書いて送ると、数日後の深夜、お姉様から最初の命令が届きました。 「メールありがとう。これからよろしく。これからあなたには私の命令に従ってもらうわ。まずは蟻の門渡りにタトゥーシールを貼って報告しなさい。」

初めて聞く言葉に、すぐさまネット検索。それが「睾丸と肛門の間」だと知った私は、未知への興奮から、なぜか蝶柄のタトゥーシールを購入して貼り付け、その部分を写メしてお姉様に送信しました。

お姉様からは「いい子ね。次は買い物をしてきなさい」と、次の命令(買い物リスト)が届きました。 ・綿棒 ・ローション ・TENGA

近所で買うリスク(知り合いとの鉢合わせ)を避けるため、私は合理的リスク管理を発揮し、電車で小一時間ほど離れた場所まで遠征して買い物を済ませました。

「できるわけがないッ!」限界突破の二刀流

報告を入れると、次なる指令は「買ってきたTENGAでの射精、そしてその後は私が良いと言うまで我慢すること」でした。初めて使ったTENGAのあまりの快感に秒速で果てた私は、その後、切実な思いで「射精許可」のメールを待つことになります。

お姉様の返信は常に深夜。私は毎晩0時前後に起きてメールをチェックする日々を送りました。そして一週間後、ついに届いた指令は凄絶なものでした。 「ご褒美に射精していいわよ。ただし、今度はアナルに綿棒を入れて射精しなさい。ローションを使うのよ。」

こればかりは家族のいる自宅では落ち着いてできません。私は車を飛ばし、人生で初めて「ラブホテル」へと一人でチェックインしました。 詳細は割愛しますが、それは本当に大変な作業でした。

「できるわけがないッ!」(ジョニー・ジョースター)

と何度心の中で叫んだことか。それでも、ジョニーにジャイロがいるように、私にはお姉様がいる。なんとかミッションを完遂して報告すると、お姉様からは「偉いわね。トコロテンができるようになると良いわね」と返信が来ました。無知な私は再びネット検索でその意味(アナルに入れた綿棒が射精の勢いで押し出される現象)を知り、完全に未知の世界の奥深さに身震いしました。

優しいお姉様との別れ、そして現在の「22時消灯」への繋がり

それから私は、お姉様の命令通りにTENGAと綿棒の二刀流で自身を鍛え続けました。しかし、1ヶ月ほど経った頃、私の体力に限界が訪れます。

お姉様とやり取りをする前の私は、「夜22時には消灯する」という極めて規則正しい健康的な生活をしていました。しかし、深夜型のお姉様からのメールをチェックするために夜中に一度起きる生活を続けた結果、体がついてこなくなってしまったのです。

私はお姉様に、体調を優先したいという正直な気持ちを伝えました。 お姉様からの返信は、とても優しいものでした。 「ごめんなさい。あなたの身体に無理をさせてしまっていたのですね。メールはあなたのタイミングでいいから、これからも続けたいです。」

それでも、自分の生活リズム(自己管理)を崩してまでは続けられないと判断した私は、誠実に関係を終わりにすることを伝えました。 「わかりました。あなたとは、いつか、もっと関係が深まったらお会いしたいと思っていました。残念だけど、さようなら。ありがとう。」

最後のメールは、いつもの凛とした印象より少し弱々しく、申し訳なさが残りましたが、これでお姉様との奇妙な1ヶ月は幕を閉じました。

今でもふと「あのまま続けていたら、トコロテンにいそしむ世界線もあったのかな」と思うことがあります。しかし、20代前半の性欲MAXの時期でさえ、最終的に「自分の身体の管理(生活リズム)」を優先してブレーキを踏んだあの選択こそが、現在の私のストイックな自己管理能力の原点だったのかもしれません。

現在も私は、深夜のハイスペックなPC環境での没入時間を愛していますが、それは翌朝のパフォーマンスや家族との時間を絶対に崩さない「完璧なコントロール下」にあるからこそ成立しています。あの1ヶ月の限界体験があったからこそ、私は自分にとっての本当の「聖域」の守り方を学んだのです。