ネットのコミュニティと、電話で縮まる距離感
今回は、私が今の妻に出会う前、ネットのサイトを通じて出会った「2人目の女性」とのお話をしようと思います。
その方とのきっかけは、当時全盛期だった「mixi(ミクシィ)」というコミュニティサイトでした。彼女が私のページに足跡を残してくれたのを機に、プロフィールに興味を持ってくれたようで、直接メッセージをもらったのが始まりです。
当時の私は自分自身の見た目に全く自信がなく、リアルな日常で女性とお近づきになったり、恋人関係に発展したりするような人生とは無縁でした。結果として今の妻に出会うまでずっと童貞のまま過ごすことになるわけですが、当時の彼女とは「音楽のライブが好き」という共通の趣味がありました。私がプロフィールにライブの魅力を熱く書いていたため、そこに惹かれて連絡をくれたのだと思います。
mixi上で何回かやり取りを重ねるうちに、メッセージは携帯メールへと移り、やがて「一度話してみませんか」と電話での対話へと発展していきました。 私は昔から、対面よりも電話の方が緊張せずに素直な自分を出してスムーズに話せるタイプです。その自然なやり取りが彼女にも好印象だったようで、会話はトントン拍子に進み、いよいよ実際に会うことになりました。
屋内フェスへのお泊まり遠征と、背中が教えてくれた経験の差
初めて会った日は、ファミレスで食事をしました。本当に電話の延長線上のような空気感で会話が弾み、大好きな音楽の話で大いに盛り上がりました。その席で、近いうちに開催される屋内型の音楽フェス(複数のアーティストが集まるライブイベント)に一緒に行こうという話が決まったのです。
当日を迎えるまでにさらに2〜3回、お酒を飲む場も含めてデートを重ね、いよいよライブ当日を迎えました。会場で一緒に熱いステージを観戦し、その夜は会場近くのホテルへ泊まる計画になっていました。
当時の私は異性に対する妄想が最高潮に膨らんでいた時期です。「お泊まり」が決まっていたため、ライブの後は自分を抑えられなくなって興奮し、彼女を襲ってしまったりするのだろうか……と内心ドキドキしていました。 しかし、いざホテルの部屋に着くと、自分でも驚くほど脳が「超冷静」になってしまい、不思議とまったくそういう気が起きなかったのです。ライブで心底疲れていたせいもあったかもしれませんし、上から目線になってしまって申し訳ないのですが、彼女に対して男としてのスイッチが完全にオフになってしまった状態でした。
部屋に着くなり、彼女は「お湯貯めようか」と落ち着いたトーンで声をかけ、自らバスタブへ向かいました。 後を追って、お湯を貯めてくれている彼女の背中を眺めていると、彼女がふと振り返り、 「私、いつもお湯の温度調整がうまくできないんだよね」 と言いました。その仕草や言葉選びに、どこか「大人の女性」としての余裕を感じたのを今でもよく覚えています。私にとってはすべてが初めてのシチュエーションであり、そこに彼女との「経験値の差」を明確に感じた瞬間でした。
差し出された手と、駅のホームでの涙
お風呂は別々に入りました。彼女が先に入り、私が後から出てくると、彼女はすでに窓際のベッドに横になっていました。部屋はシングルベッドが2つ並んだツインルーム。電気スタンドを中央に挟んで、すぐ隣り合っている配置です。
私がホテル備え付けのガウンを羽織ってベッドに入ると、窓側を向いて黙っていた彼女が、くるりとこちらを振り返りました。 うつろな目で視線を合わせる私に、彼女は「お風呂でちゃんと温まれた?」と一言。私は「うん」とだけ返しました。その時も私の下半身は何の反応も示さず、ただライブの心地よい疲労感で今にも寝落ちしそうな状態でした。
すると彼女が、布団から片方の手をすっと私の方へ伸ばしてきました。 「手、繋いで」
素直にその手を握りしめましたが、今思えば、あれは彼女なりの精一杯のアピールであり、境界線を越えるためのシグナルだったのだと思います。しかし、私はそのサインに大人の対応で応えることもなく、気がつけばそのまま深い眠りに落ちて朝を迎えていました。
目を覚ますと、彼女はすでにベッドにはおらず、部屋の椅子に静かに腰掛けていました。起きた私を見て、彼女はいつも通りのトーンで「おはよう」と一言。険悪な空気は一切なく、私たちは一緒に朝食を食べ、朝の電車に乗って地元の最寄り駅へと帰っていきました。
そして駅のホームで「ここでさよならだね」という瞬間、私はバッグの奥に忍ばせていた誕生日プレゼントを彼女に手渡しました。もうすぐ彼女の誕生日だと聞いていたため、事前に用意していた紅茶の詰め合わせアソートとマグカップのセットです。
プレゼントを受け取った瞬間、彼女はその場で突然、大粒の涙を流し、言葉を失ってしまいました。 私は(渡すタイミングを間違えたかな……)と焦りながら見ていましたが、彼女は泣きながら「ありがとう。こんな風にしてもらったこと、今までなかった」と言ってくれたのです。私は、これで上手くいったのだと満足してその日は家路につきました。
「それは酷だよ」と怒られた理由、そして運命の引き寄せ
後日、この一連の出来事を女友達に話したところ、意外な言葉が返ってきました。 「それはあんた、酷(こく)なことをしたよ!」
理由がわからない私に、女友達は呆れ顔でこう教えてくれました。 「男と女がホテルで一緒に泊まって、何もなかった直後にそんな誕生日プレゼントを渡すなんて、気を持たせるだけで残酷だよ。そんな関係性で誕生日プレゼントをあげるってことは、相手に好意がある証拠じゃん。当然、付き合うことを意識しちゃうやり取りなんだから、その気がないなら中途半端に優しくしちゃダメだよ」
言われてみれば確かに、ホテルで何事もなかった翌朝に、そんな思わせぶりなプレゼントを渡してしまったのは、男の身勝手な優しさ(エゴ)だったのかもしれません。当時の私には、分かったような分からないような、ほろ苦い人生の勉強となりました。
その後も彼女とは何回か食事や事前にお酒を飲む機会はありましたが、それ以上の関係に発展することはなく、いつしか連絡の頻度も減り、自然とフェードアウトしていきました。
それから数ヶ月が経った頃、私の携帯に彼女から久しぶりに着信がありました。 実はその数ヶ月の間に、私には「人生で初めての彼女」ができていました。そう、その初めての彼女こそが、最終的に私の妻となる、今の奥さんです。
未来の妻との交際が始まり、私の世界が完全に塗り替わっていたタイミングでの、元ミクシィの彼女からの電話。 私は静かに電話に出ました。 「久しぶり、元気にしてる?」 「うん、元気だよ」
私がそう一言返すと、電話の向こうの彼女は一瞬の間を置いて、「そっか」とだけ答えました。 もう、お互いに交わす言葉は残されていませんでした。そのまま静かに電話を切り、それ以降、彼女から連絡が来ることは二度とありませんでした。
あの夜、ホテルのツインベッドの境界線で何も起きず、不器用な紅茶のプレゼントで涙を流した過去。もしあの時、私が彼女のシグナルに流されて別の選択をしていたら、私は今の妻に出会うこともなく、3人の最愛の子供たちに囲まれる今のストイックで幸せな深夜のルーティンにたどり着くこともなかったでしょう。
他人の評価や不器用な優しさに振り回されていた20代。しかし、あの時無意識に踏み止まり、自分の感覚に対して嘘をつかなかった「不器用な誠実さ」があったからこそ、私は人生で最も大切な運命の選択を間違えずに済んだのだと、今になって冷静に思うのです。

