理想の体位と、あまりに早すぎる現実。私がAVの世界に「果てなき夢」を重ねる理由

脳内メモリの理想:バック、そして騎乗位

皆さんが一番好きな夫婦の営みの「体位(スタイル)」は何でしょうか。 私の場合、迷うことなく「バック(後背位)」と「騎乗位」です。

頭の中の妄想では、完璧なシチュエーションが出来上がっています。バックであれば、奥さんの腰を両手でしっかりと掴みながら、何度も激しくピストンを重ねてお互いの快感を高めていく。騎乗位であれば、私の上にまたがる奥さんを特等席で見上げながら、その豊かな胸を鷲掴みにし、下から腰を突き上げて愛し合う――。

男なら誰しもが憧れる、これ以上ないほどエネルギッシュで官能的な理想のビジョンです。しかし、私の現実の営みは、これとは全く異なる景色を見せています。

現実の9割9分:定着してしまった「正常位」というルーティン

我が家の現実を明かすと、1年間の営みのうち、実に「9割9分」が正常位です。理想であるバックや騎乗位でおこなう機会は、本当に1年に1回あるかないか、というレベルなのが実態です。

なぜここまで極端な偏りが生まれたのか。理由は、私たち夫婦のスタートラインにあります。 過去の記事でもお話しした通り、お互いにそこまで経験がない状態で付き合い始め、当時は手探りでぎこちない営みを重ねていました。その中で、一番安心感があり、お互いの呼吸を合わせやすかったのが正常位だったのです。

それが結婚して10年近く経った今でもなんとなく形式化し、我が家の絶対的な「お決まりのパターン」として固まってしまいました。だからこそ、私の中での「後ろから突きたい」「見上げながら挿入を楽しみたい」という願望が、現実の飢えによってますます膨らみ、巨大な理想へと育っていったのです。

1年に1回の奇跡、そして「瞬殺」という悲しき現実

しかし、この話にはさらに先があります。 本当にたまに、それこそ1年に1回ほどの奇跡的な流れで、念願のバックや騎乗位ができるチャンスが巡ってくることがあります。

「ついに理想を具現化するときが来た!」と胸を躍らせるわけですが、実際にその体制になって感じる現実は、あまりにも無慈悲です。

いざバックで挿入した瞬間、あるいは私の上に奥さんが跨った瞬間、正常位とは全く違うダイレクトな締め付けと刺激が私の息子を襲います。頭の中では「何分も激しく動いて…」とイメージしているのに、現実は「入れた瞬間、その圧倒的な快感に耐えきれず、一瞬で果ててしまう」のです。

体制が変わる流れをなかなか作れないという「現実」だけでなく、いざその流れになっても自分自身の身体が全く持たないという、二重の「理想と現実のギャップ」がそこには存在しています。妄想が膨らみすぎているぶん、実際の自分のキープ力のなさに、毎回静かなショックを受けるのがお決まりのオチです。

だからこそ、私は画面の向こうに理想を重ねる

自分の技術とリソースでは、どうしてもコントロールしきれないバックと騎乗位の快楽。

そんな私に代わって、頭の中の理想を100%完璧な形で具現化し、目の前で見せつけてくれる場所。それこそが、私が夜な夜な研究している「アダルトビデオ(AV)の世界」なのです。

画面の向こうの男優たちは、私が10秒も持たないであろう強烈なバックの刺激に何分も耐え、激しく腰を振り続け、騎乗位では女優の美しい身体を完璧にコントロールしながらプロの手腕を見せつけます。私はそのプロフェッショナルな映像に、自分自身の満たされぬ理想と夢を重ね合わせることで、深夜の深い没入感と快感を得ているのです。

現実の夫婦の営みは、お互いの経験値や安心感を優先した「優しい正常位」がベスト。そして、処理しきれない男の壮大なエンタメ的野心は、洗練されたAVの世界でスマートに完結させる。

この「理想と現実」の絶妙なトレードオフ(割り切り)こそが、我が家が今でもレスにならず、私が健全に煩悩を探求し続けられている、もう一つのライフハックなのです。